本館 

大原美術館は1930(昭和5)年に開館した、日本初の西洋美術中心の私立美術館です。
世界恐慌の影響下にもかかわらず、着工からわずか7ヶ月弱という短い期間で建設された本館。開館当初から存在するのは、本館最初の展示室(本館1室)とその2階部分(本館2室)のみです。それら以外にあたる現在の本館建築物は、1991(平成3)年に増築されました。
本館外観
古代ギリシャ・ローマ神殿風の外観。設計は岡山県総社市出身の建築家である薬師寺主計(やくしじかずえ)。関東大震災以後に広まった当時の最高の技術である鉄骨鉄筋コンクリート造が採用されています。完成した建物は、堂々たる姿—それはギリシャ神殿に特徴的なイオニア式の円柱が三角形の破風を支えるものの、正面の意匠を重んじるローマ神殿を念頭に設計されたと考えられています。
丸窓
本館入口両脇にある窓の直線的なデザインの鉄格子にはアール・デコの表現を、そして3つの丸窓はゴシック建築のバラ窓を思わせるといった、さまざまな時代の建築的要素を見ることができます。本館内の丸窓から外を見渡すと、正面に立つ大原家本邸や有隣荘、そして、四季折々の風景が見られます。
玄関灯
本館の玄関灯は、児島虎次郎の住居であった無為堂に設置されていた外灯とほぼ同じデザインのもの。児島が美術館建設を夢みて、渡欧時に手に入れたと考えられています。美術館入口で、来館者を照らし迎えるようにとの気持ちが込められていっます。
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分館(休館中)

大原家旧別邸新渓園(現倉敷市所有)をはさんで本館の南に建つ分館は、本館に続く、大原美術館の2番目の展示施設として1961(昭和36)年開館しました。設計は建築家浦辺鎮太郎(うらべしずたろう)。東西に長く伸びた鉄筋コンクリート造の平屋建築です。
また、DOCOMOMOセレクション(100選:No.66)にも選定されてます。

※外観のみ見学可能
分館外観
分館が竣工するちょうど1年前、その予定地の西側に建築家丹下健三(たんげけんぞう)の設計による倉敷市庁舎(現倉敷市立美術館)が完成します。いまだ瓦屋根の木造建築が立ち並ぶ中に出現した、斬新なモダニズム建築です。水島臨海工場地帯を擁し、日本の産業界を牽引する街づくりを目指した、当時の倉敷を象徴する建築でもありました。分館の建築は、保存地区としての元倉敷と今後開発さるべき新倉敷(市庁舎を先頭に後に水島工業地区をもつ)のボーダーラインとして、この線をもって保存地区を守る城壁にしたいという浦辺の発想から生まれたものでした。
特徴的な屋根
波型の屋根やガラスブロックといった新しい要素をふんだんに用いながらも、高さや大きさをひけらかすことのないスケール感があります。また、コンクリート打ち放しの庇が落とす深い陰影を生みだしています。
外壁
自然石を埋め込んだ外壁。また外観を白黒のモノトーンにすることで、倉敷の古い町並みと調和しています。そこからは、伝統の墨守や追従、あるいは模倣ではなく、「今」という立ち位置から伝統と対話し、共存しようとする浦辺の姿勢がうかがえます。
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工芸・東洋館 

日本民藝運動のよき理解者であり支援者でもあった、大原孫三郎とその息子總一郎。それゆえに、この運動に関わりの深い作家たち、陶芸家の、濱田庄司、バーナード・リーチ、富本憲吉、河井寛次郎を展示する「陶器館」が、1961(昭和36)年に開館。建築には江戸時代の米蔵が用いられています。
内外装デザインは染色家芹沢銈介によるものです。
その後1963(昭和38)年に陶器館に続き、「現棟方志功室(旧棟方志功版画館)」「現芹沢銈介室(旧芹沢銈介染色館)」が開設。さらに1970(昭和45)年には、東洋古美術のための「東洋館」ができ、現在は「工芸・東洋館」と総称されています。
工芸・東洋館外観
一見矩形にみえる中庭ですが、実はそれを取り囲む建物群はわずかに直角を避けて配置されています。配置された蔵の中で、外壁が白ではなく紅く塗られた小振りな蔵は、現芹沢銈介室で、フォトスポットにもなっています。
栗材の木レンガ
濱田庄司室から、バーナード・リーチ室、河井寛次郎室へと繋がる床は、各室組み方を変えた栗の木レンガでできています。この木レンガの下には砂が敷いてあって、それぞれのピースの微妙な凸凹を調整してフラットになる工夫してあります。足の裏に伝わる優しい感触と、ポクポクと乾いた音が、なんとも心和ませます。
朝鮮張りの床
河井寛次郎室の2階の床には、河井が好んだ「朝鮮張り」を採用しています。朝鮮半島の民家に用いられる張り方で、比較的薄い床板を、土台となる木材に釘で打ち付けずに少し浮かせて張っています。踏むと「ぎぃぎぃ」という弾力のある音がなります。
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児島虎次郎記念館

大原美術館が現在、整備を進めている新しい展示施設です。その建物は、大原美術館本館から北東約80メートルにある、旧第一合同銀行倉敷支店で、1922年に建てられた倉敷初の本格的洋風建築。設計者は、本館と同じ建築家薬師寺主計。2016年まで銀行として長らく、人々の暮らしを見守り、愛されてきた銀行建築です。
ネオ・ルネサンス様式のスッキリとした外観。基壇の石積みと外壁の目地の安定した反復の中に、すらりとした半柱やストライプ状の装飾が伸びやかさを演出してます。半円窓のステンドグラスは見所のひとつであると同時に、白壁と黒い瓦を主調とする町並みにとっても彩りのポイントとなっています。
*2024年度末にグランドオープン予定です。

有隣荘

大原美術館の向いにたたずむ有隣荘(ゆうりんそう)。大原家の別邸として1928(昭和3)年に建てられました。論語の一説「徳不孤必有隣(とくはこならずかならずとなりあり)」に由来します。大原孫三郎が病弱であった妻壽惠子を思い、家族のための場所として構想されていましたが、最終的には、倉敷を訪れる貴賓を迎えるための機能をあわせもつ建物として完成しました。設計・デザインは建築家薬師寺主計によるものです。
有隣荘外観

緑色や橙色の独特な屋根瓦。児島虎次郎が中国の孔子廟から着想を得て、作らせたものと考えられています。その見事な瓦は、瓦の産地として名高い大阪の泉州谷川の窯で特別に焼かれたものであり、この邸宅が俗称「緑御殿」と呼ばれてきたゆえんでもあります。

1階 洋間
アール・デコ調の意匠が、家具や照明、調度類の細部にも反映されています。テラスは開放的な開き戸が設計されています。
2階 和室

和風建築は、薬師寺にとって大学時代の恩師でもある伊東忠太から指導を受けて建設されたといいます。建物の木材には台湾檜、天井や欄間には屋久杉の上物、床板は欅の玉目一枚とすぐれた資材が用いられています。天井は杉の天井板を竿縁が支え、ひとつひとつの竿縁には斜めに面取りがされている「猿頬天井(さるぼおてんじょう)」の形式がとらえています。美観地区の町並みを一望できます。

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2024年 4月1日
建物ガイドのページをオープンしました。今後こちらで進捗をお知らせいたします。
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