Artist in Residence Kurashiki, Ohara
ARKO2023
谷原 菜摘子
会 期|2023年7月11日(火)~9月24日(日)
※9月4日(月)、11日(月)は休館
9:00~17:00(16:30入館締切)
会 場|大原美術館 工芸館(棟方志功室)
入館料|大原美術館の通常入館料(下記)でご覧いただけます。
一般:2,000円 高校・中学・小学生(18歳未満の方):500円
※大原美術館(本館、工芸・東洋館)の全ての展示場がご覧いただけます。分館は長期休館中です。
※小学生未満は無料です。
※団体料金はございません。
期 日|2023年7月15日(土)
14:00~15:00(終了予定)
会 場|大原美術館 工芸館(棟方志功室)
参加料|大原美術館の入館料のみでご参加いただけます。事前申し込みは不要です。現地にお集まりください。
昔々「 」がいました。
「 」の周りにあるのは枯れた大地と大きな岩だけでした。「 」には形も名前もなく、そこから動く事すらもできませんでした。しかし、「 」の周りには何もなかったので、ただそこに何もせず、ひたすら存在しているだけでも「 」は特に不幸ではありませんでした。
「 」が誕生してから長い長い時が流れ、「 」の周りは少しずつ変化していきました。地面が盛り上がり、たくさんの木や植物が枯れては生えて、水が流れやがて一箇所に集まりました。
すると、見たこともないものたちが集まるようになりました。四つ足で動く大きいものや小さいもの、空を飛ぶもの、地を這うもの、毒を持つもの。たくさんの生き物たちが「 」の周りに次から次へと現れるようになりました。
彼らは自分の意思で動き、他の生き物を殺し、種族を増やし、それぞれがはっきりとした「形」を持っていました。
どうして自分には形がないのだろう、どうして自分はここから動くことができないのだろう。「 」は初めて自分だけが他のものと違うことを悟りました。形を持っていない自分を惨めに思うようになりました。
「 」の周りに集まるものたちは大抵が「 」には気がつかなかったのですが、たまに「 」を認識し、怯え逃げるものもいました。「 」にはどうして彼らが自分から遠ざかるかがわかりませんでした。
彼らは姿は見えないものの、そこに何か恐ろしい気配を感じ、逃げていただけですが、「 」は自分のことを排除し、嘲られているように思いました。
「 」はこの世界で唯一、自分だけが「形がない不自由なもの」であることを悟り、誰よりも不幸な存在であることを知りました。そしてその時から「 」の心は劣等感でいっぱいになり、自分以外の形のあるものへの憎悪を絶えず感じるようになりました。
もしもいつか自分が形を手に入れることができたならば、生きている限りそれを壊し続けようと「 」は決めました。
そこからさらに長い時が流れました。いくつもの季節を越えて他のものがその数を増やし、木の大きな箱や、光り輝く何かが増えて、二つ足の生き物が現れ始めました。
二つ足の生きものはめまぐるしく増え続け、他の生き物をたくさん殺しました。それだけではなく、同じ形同士でも殺し合い傷つけ合いました。たくさんの木の箱を作り出し、植物を刈り取り、燃やしました。全ての生きものは二つ足のものを見て恐れました。
二つ足のものはこの世界で一番強いのだと「 」は思いました。自分も二つ足のものになりたい、そして形あるものを全て壊したいと苦しい程思いましたが、「 」にはどうすることもできませんでした。目の前で二つ足のもの同士が、互いの形を削り取っているのを見て、何もできない自分を呪いました。
いつしか「 」の周りは暗く黒く沈んでいましたが、木の影と同化していたので誰も気がつきませんでした。
ある日、「 」の前に木を自由自在に登る小さいものが現れました。それは「 」には気がつかず向かってきて「 」を通り抜けようとしました。
その時です。信じられないことが起きました。「 」は「猿」になっていたのです。
猿の「目」を通して見た世界、「耳」で聞いた音、「皮膚」に感じる風、全てが今まで感じていたものとは異なりました。自分にも形ができた、と猿は歓喜しましたが、一歩を踏み出した瞬間に猿の体は壊れて、また形のない「 」に戻っていました。「 」は壊れた猿の体を見下ろしました。
一度でも形を持って見てしまった世界と比べると、今自分が見ている世界があまりにも茫洋とし味気のないもののように思えました。「 」は絶望し消えてしまいたいと思いました。
そこからいくつかの季節が流れました。色とりどりのものを被った二つ足のものが増えても、「 」はもう何も感じませんでした。ただ、もし自分が彼らを壊すことができるのならば、色鮮やかな方を壊したいとだけ思いました。
猿の体が完全に土に還り、背の高い緑色の管のようなものがたくさん生えてきた頃、少し背の高い生き物が「 」を通り過ぎました。すると「 」は「鹿」になっていました。
どうせまたこの体も壊れてしまうだろうと思いましたが、今度は鹿のまま歩き回ることができました。「 」は信じられない気持ちで全身全霊で走り出しました。
草を食み、野山を駆け巡り、水に体を浸しても鹿の体は壊れませんでした。目から涙が溢れました。このまま鹿の形を纏い、生きていこうと「 」は思いました。
すると急に息が苦しくなり、経験したことのない苦しみが体を纏い膝が崩れ落ちました。その苦しみは首から始まっていました。鹿の首には鈍く光るものが刺さっていました。見上げると二つ足のものたちがいました。どんどん目の前が暗くなります。
やがてまた「 」に戻っていました。今度は「 」は絶望しませんでした。その代わりに「 」は決意しました。どれほどの時間がかかっても自分は二つ足のものになろう。そして生きている限り二つ足のものを壊し続けよう、いろいろな方法で彼らを壊し、苦しめ、根絶やしにしてやろう。二つ足のものを壊し尽くしたら、四つ足のものも壊してしまおう、全ての形のあるものを壊して全部自分と同じにするのだと。
そう思うだけで「 」は存在して初めて幸せな気持ちになりました。猿、鹿の形になれたのだから二つ足のものにもいつかはなれるだろう、その時が来るまで何も考えまいと意識を閉じました。
少年が竹藪の中を歩いています。彼は山の上に住む人々の王子でした。山の上の暮らしは楽ではありません。城を建てるのも、食べ物を確保することも、着物を縫うことも万事が大変です。彼らも好きで山の上で暮らしているのではありません。山の上の人々は、かつては海をわたり、山の下の住みやすい村にたどり着き、皆で仲良く幸せに暮らしていました。彼らには不思議な力があり、次々と便利なものを作り出し、そこに最初から住んでいた人々の生活を豊かにしました。このまま仲良く皆で暮らしていけると誰もが信じていました。
しかしある時からその不思議な力を持つ彼らを、最初に住んでいた人々が恐れ、妬み、憎み始めました。幸せに暮らしていた彼らはあっという間に山の上に追放されてしまいました。
山の上に移った彼らの生活は苦しいものになりましたが、不思議な力を持っていたので、なんとか皆で協力して家を作り、壁をたて、また新たに村を作りました。
不思議な力を持つ彼らを山の下のものたちは「鬼」と蔑み、彼らの住む村を「鬼の城」と呼びました。
鬼の城の王子はその日何と無く散歩をしていたのです。ただ歩いているうちに見たことがない竹林に迷い込んでしまいました。竹林は人間の気配がなく、しんと静まりかえり、昼なのに妙に暗く寂しいところです。
引き返さなければならないと思っていたのですが、どういうわけか奥に奥にと進むことをやめられませんでした。竹林の中をどれほど歩いても何もありませんでした。竹と竹の間から覗く暗闇は夜のそれよりも暗く、体にまとわりつくような粘りを持っているように見えました。
引き返そう、王子が踵を返そうとした時視界がぐにゃりと歪みました。ゆっくりと顔がずれ、上から下に順番に臓腑が歪み、指先まで自分の意思とは関係なく中の肉が蠢動していきました。頭の中が異様に熱くなった後、雪よりも冷たくなり、次から次へと記憶が消えていきました。自分が何者で、どうしてここにいるかがわからなくなった頃、王子はふっと消えました。
「 」は人間の王子になっていました。幾千月なりたいと願っていた二つ足の生き物は「人間」だったのです。王子の脳を手に入れた「 」はすべての生き物には形があり、特に人間にはその形の在り方で優劣があることを知りました。あれほど憎んでいた形のある生きものたち。その頂点に君臨する人間の、さらに上にいる「強くて形が綺麗なもの」。この綺麗なものから壊していこうと「 」は決めました。
できるだけたくさん綺麗なものを壊そう、それが終わったら次は平等に醜いものもきちんと壊そう、最後にはすべての形あるものを暗いところに戻そう。そうして全部を真っ暗に治したらみんなが幸せになれると思いました。
散歩から戻ってきた王子は別人になったと、山の上の村人や王子の家来たちが言いました。いや、今までが軟弱だった、山の下の奴らを根絶やしにするには今くらいの方がいいと皆が王子を褒めました。
この日以降王子は「鬼王」と呼ばれ、すべての人たちから恐れられるようになるのです。
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